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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)254号 判決

原告 片山薫

被告 府中刑務所長

訴訟代理人 野崎悦宏 外五名

主文

原告のノート使用制限処分取消しの訴えを却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和四四年一〇月二二日付でした別冊文芸春秋購読不許可処分およびノートの使用制限処分を取り消す。被告が原告に対し妻弘子との面会を三〇分間許可しなければならない義務を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

「原告の義務確認の訴えを却下し、その余の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求原因

原告は、府中刑務所において服役中の身であるが、(1) 被告は、昭和四四年一〇月二二日付で原告のオール読物、小説新潮および別冊文芸春秋購読許可申請に対し別冊文芸春秋が「購入出来る雑誌一覧表」に記載されていないという理由により、その購読許可申請を棄却し、(2) また、原告が同刑務所の処遇、それに対する批判不服等を記載している獄中日記に「ノートの使用心得」と題する「検閲もしくは捜検のため提出を命ぜられた場合は直ちに提出すること。所内生活もしくは処遇内容をうかがい知ることのできるような記事、職員、同囚を問わず他を批判誹諺、中傷するような記事、残酷、みだら、犯罪に関する記事又はその他所内の紀律をみだすおそれのある記事などは記載してはいけないこと。もしこの使用心得に違反した場合は、懲罰に処せられることがあるほか、その部分を抹消削剥させたのち、該ノートを、領置もしくは廃棄させることがある。」旨を記載した文書を貼付し、懲罰等の脅威によつてノートの使用を制限した。しかし、受刑者といえども、図書を閲読し、日記を書く自由が憲法一九条および二一条によつて保障されているところであつて、かかる自由は、逃亡や刑務所内の紀律秩序の維持に対する明白かつ現在の危険の生ずる蓋然性が認められる場合においてのみ制限ないし禁止することが許されるにすぎない。もつとも、監獄法は、図書閲読の自由の制限を命令に委している(三一条二項)が、該自由の性質にかんがみ、かかる一般的委任は許されず、したがつて、右一覧表の作定も違憲無効であり、また、前記「ノートの使用心得」制定も、被告の広範な裁量権によつて憲法上保障された思想、表現の自由を統制せんとする違憲無効のものであるから、右一覧表又は「ノートの使用心得」に基づいてなされた本件図書購読不許可処分およびノートの使用制限は、違法である。(3) また、監獄法施行規則一二一条によれば、接見時間は三〇分以内となつており、しかも、原告は、広島県佐伯郡大柿町大原において妻弘子名義で飲食店を経営していて、その経営が思わしくないため弘子と種々協議する必要があるにもかかわらず、被告は原告の再三にわたる時間延長の願いをききいれず、同人との面会時間を一〇分間に限つているので、被告が原告に対し妻弘子との面会を三〇分間許可しなければならない義務があることの確認を求める。

第三被告の答弁

(本案前の抗弁)

原告の義務確認の訴えは、行政機関に対し監督権を有しない裁判所が遵拠すべき法規と処分の態様を措定して作為不作為義務を命ずることを求めるものであるから、三権分立の建前に違反するものというべく、仮りに然らずとしても、かかる訴えは、行政庁が一定の行為をなすべきことが法律上覇束されていて、しかも、そのことが行政庁の第一次的判断を重視する必要がない程度に明白であり、かつ、事前の司法審査によらなければ、国民の権利救済がえられず、回復しがたい損害が生ずるというような緊急の必要性のある場合に限り、許されるものというべきであるが、原告の義務確認の訴えは、右いずれの場合にも該当しないので、不適法として却下すべきである。

(本案の答弁)

原告主張の請求原因事実中、別冊文芸春秋は「購入出来る雑誌一覧表」に記載されていないとの一事のみで本件図書購読不許可処分がなされたことは否認、その余の主張事実は認める。

収監の目的が刑の執行と受刑者の矯化遷善を図ることにある以上、刑務所長が右目的を達成するために、その限度において、受刑者の基本的人権を制約しうることはいうまでもないが、原告から購読許可申請のあつた別冊文芸春秋は、右一覧表記載以外の雑誌であつて、矯化上格別の必要性が認められないので、その購読を許可しなかつたものであり、また、受刑者に対する「ノートの使用心得」は、紀律違反、逃亡等不祥事の発生を未然に防止して収監の目的を達成するために制定されたものである。さらに、監獄法施行規則一二四条および行刑累進処遇令六一条ないし六六条は、受刑者の接見時間を最低三〇分間は保障する趣旨の規定ではなく、被告は、監獄法施行規則一二一条の定めるところに従い、当日の接見申込者および立会職員の員数などを考慮し、必要に応じて、接見時間を最高三〇分の限度内で伸縮しているが、原告の妻弘子との面会については、過去の実情にかんがみ、最高三〇分間もの接見時間を認める必要はないものと思料する。したがつて原告の本訴請求はいずれも、その理由がない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告が府中刑務所において服役中の身であることは、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、被告が原告の日記帳にその主張のごとき事項の記載された「ノートの使用心得」なる文書を貼付したことがノートの使用制限であると主張してその取消しを求めているが、右「ノートの使用心得」を原告の日記帳に貼付したことは、これによつて原告が日記を書くにあたりその心理にある種の作用をおよぼすことがあるとしても、そのこと自体直接原告の具体的な権利義務に影響を与えるものではなく、原告がこれに違反した理由で懲罰等を受けた事実のないことは、弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、原告の右訴えは、訴訟の対象を欠く点において、不適法であつて、却下を免かれない。

また、およそ、収監の目的が刑の執行と受刑者の矯化遷善を図ることにある以上、刑務所長が右目的を達成するために、その限度において、受刑者の基本的人権を制約しうることは、まさに、被告主張のとおりであるというべきところ、原告は、別冊文芸春秋の購読は許可されなかつたとはいえ、オール読物および小説新潮については、その一部分が削除されたとしても、その購読が許されていることは、原告の認めて争わないところであり、また、〈証拠省略〉によれば、同刑務所には、官本一万七、〇〇〇冊を備え付けていて、年間延一三万四、〇〇〇冊が収容者によつて利用されていることを認めることができるので、他に特段の事由の認められない本件においては、被告が原告の別冊文芸春秋の購読許可申請を棄却したことをもつて違法と断じえないことはいうまでもない。

次に、原告の義務確認の訴えについて判断するのに、行政庁に対し一定の処分をなすべき義務があることの確認を求める訴訟は、右の処分が法律上覇束されていて自由裁量の余地がほとんどなくて、第一次的判断権を行政庁に留保すべき実質的な理由を認め難く、しかも、行政庁がその処分をしないことによつて、国民が現実に権利を侵害され又は侵害される危険がさし迫まつており、他に適切な救済手段が考えられない場合でなければ、許されないものと解すべきところ、原告の主張するところは、右の場合に該当しないことが明らかであるから、原告の義務確認の訴えは、その理由がないものというべきである。

よつて、原告のノート使用制限処分取消しの訴を却下し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して 主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

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